『世界中の人を主役に。』ーHagakure創業に至るまでー
メーカーから広告代理店を経て、若くして起業された奥さん。
「世界中の人を主役に。」をミッションに掲げ、株式会社Hagakureの代表をされていらっしゃる奥さんに、
どんな経験を経て、どういう想いで起業をされたのか、インタビューをさせて頂きました。
学生時代と新卒時代
――――まず初めに、学生時代はどの様な生活を送っていらっしゃいましたか?
大学時代から、自身として何か残したいという野望がありました。
ただ遊ぶだけではなく、何か自分の痕跡を残すようなことをしたいとの思いを漠然と抱きながら、学生生活を過ごしていたと思います。
出身が兵庫の尼崎というところで、そんなに綺麗な街ではなくてですね(笑)
ダウンタウンさんと同じ出身地なのですが、僕が通っていた高校は大学の進学率10%くらいなんですよ。
大学に行く人が少ない中で、その中でも自分自身もっと力をつけていきたいなという想いで進学を決めたため、
大学生活ではその視点を落とさずに色々なことに取り組んでいました。
少しでも視野を広げようと、海外留学に行って、そのあともいろんな国にバックパック行ったりしてましたね。
――――その様な学生生活を経て、就職活動はどんな軸でどの企業に入られたのでしょうか?
1社目は重機メーカーに就職しました。
当時から最終的に社長になりたいという思いがあり、そのために必要なスキルってなんなんやろって考えていて、当時は『海外の経験ができる』ことと、『個の力を活かして仕事ができる』という2軸で就職活動を行っていました。
商学部に所属していたのですが、授業の中で金融の教授の講義があって、『ハゲタカ』っていう小説を教授に勧められて読んだんですね。
その本を読み、経営ってすごい面白そうやなって思って。
自由度も高く、社会にとっても意味のあることができる。そんな経営者を目指したいなって思って、その為にはどういう力が必要なのかという観点を意識して就活を進めていました。
――――当時から明確な軸を持たれていたのですね。
そうですね。自分が後悔しないような生き方をしたいなと思っていて、
自分、そして周りの人も幸せにできるような影響力を持ちたいと思っていました。
僕が中学生の時、J R福知山線事故があったのですが、その場所が僕の中学校のすぐ隣だったんです。
事故が起きて、緊急医療所として僕が通っていた学校が使われることになり、どんどん怪我人が運ばれてきて。
その時に大人の人もいれば、当時の僕の年齢くらいの人もいて。
それまではあまり死を意識したことなんて無かったのですが、死ぬのに年齢なんて関係ないんだなって強く思いました。
『自分がいつ死んでも悔いの無いような人生を送りたい』という価値観はそこではっきりと生まれたと思います。
社会人スタート〜現在に至るまで
――――社会人生活をスタートさせ、最初はどのような業務を行っていたのでしょうか?
新卒入社した建機メーカーでは、主にマーケティング業務を行っておりました。
BtoBメーカーだったので、展示会とか販促用の施策のチラシを作ったりすることが主な業務でした。
――――学生から社会人になり、率直に感じたことなどはありましたか?
責任の重さを感じましたね。
僕がいたチームだとある程度予算を決めて、その予算をどう使うかみたいなところがあったので、
大学出たばかり僕が他の人が働いて稼いだ利益から予算を取ってどう使うのかを考えるのは、とてもプレッシャーに感じていました。
――――辛かった部分などはありましたでしょうか?
そうですね、意思決定が自分だけで決めれないということに対しては、もどかしさを感じていました。
自分がやりたいことと会社にとってメリットになることは必ずしも一致しないということもあり、
必要なことだとは頭では分かっていても、ジレンマは感じていた部分があったと思います。
――――そういった社会人生活を経て、どのタイミングで起業をされたのでしょうか?
1社目で1年少し働いた後、WEB広告の代理店に転職し、そこで2年くらい働いてから起業しました。
社長になりたいという思いはあったものの、自分で作るか既存の会社で社長になるかというところは明確には決めていなかったのですが、いざ社会人になると既存の会社で社長になるのはとても時間がかかることが分かりました。
何個突破しないとあかんねん(笑)と思ったので、それだったら自分でやろうという考えになりましたね。
2社目で『自分だったらもっとこうできるな、もっとやりたいな』と考えるようになり、2年経った後、独立して起業という道を選びました。
――――起業することへの不安はありましたか?
それでいうとそんなに無かったですね(笑)
僕は武士道というか侍の考え方が好きなのですが、僕が好きな本の中に、
『人は何も持たずして生まれて何も持たずして死んでいく』
という言葉があります。
それがすごい好きで、結局死ぬ時に何も無い状態で死ぬんやから、別に今持ってるもの全て失ったとしても、特に落ち込むこともないし、やらないよりはやった方が幸せやろなと思っていたので、起業への恐怖心みたいなものは無かったです。
――――事業は単独で始められたんですか?
はい、最初は1人で始めました。
会社を作って2、3ヶ月くらい後に1人大学の友達が入ってくれて、しばらくはその体制で取り組んでいました。
めちゃめちゃ忙しかったですね(笑)
僕自身仕事が好きで、会社員として仕事をしていた時も死ぬほど働いて限界までやっていたと当時は思っていたのですが、起業してからはその限界を突破しましたね。
今となってはもっとやれたなんだなと(笑)
株式会社Hagakureについて
――――社名に込められた想いを教えていただけますでしょうか?
僕が学生の時に読んだ『葉隠(はがくれ)』という本が由来です。
侍の人が書いた本で、『侍の死生観』について書かれた本なんですね。
その本がとても好きで、共感する部分が多く、こういう生き方かっこいいなと思ったので、
その生き方を体現するような会社にしたいという思いから「Hagakure」という名前にしました。
侍がいた時代は、いつ死ぬか分からない、かつ、武士なのでいつ切られるか分からないという時代だったので、いつ死んでも悔いの無いよう今を一生懸命生きることについて述べている内容で、生き方を考えさせられるような本です。
ちなみに、読むのはかなり時間がかかります(笑)
上中下あるので、なかなか読むのは大変です。
――――本が由来なんですね。その中でも今の事業で起業しようと思った理由をお伺いできますでしょうか?
僕自身が広告代理店にいたときに課題に感じていたことがありまして、広告運用の事業モデル自体が、予算が大きいクライアントを担当したら代理店の売り上げも大きくなるという事業構造になりやすいです。
なので、大きい予算を持っている大企業に工数を割かざるを得ない代理店も多く、
あまり予算のないベンチャー企業や地方の中小企業とかだと、十分なサポートが得られなかったりすることも現実としてはありました。
中には悪い業者とか悪い代理店みたいなところもあって。詐欺まがいみたいなことも発生していたりしていました。
そいうことを無くしたいなと思って、この事業に取り組もうと決めました。
――――経営される中で、やりがいはどういった部分に感じていらっしゃいますか?
数字として結果が出た時に幸福度が上がるタイプなので、ちゃんとやった『アクションに対しての結果がでたとき』にやりがいを感じます。
特に、デジプロを受講していただく方は様々な目的で受けて頂くのですが、例えば地方の企業様で、広告を打ち出したいけれど、何から手をつければよいのか分からないという方に受講して頂き、学びから結果に繋がり、会社の事業が伸びたというお声を頂くとやっていて良かったと思います。
また転職の成功に繋がったという方もいらっしゃるので、そういったお話もキャリアにプラスになることが出来たんじゃないかと思えて嬉しいですね。
――――逆に難しいなと思う部分などはありますか?
難しいことだらけです(笑)
特に人が関わる部分が難しいと思っていて、僕自身は熱量高くどこまでもできると思って取り組んでいるのですが、『社員も同じ思想や考えでやってもらえるのか』は難しいところですね。
会社で売上げを伸ばしていくと考えた時に、数値に重点をおいて追ってしまう人たちがいてくれるのはとてもありがたいのですが、僕は誠実な対応というか、ちゃんと使ってくれる人、受講生、ユーザーの方に真摯な対応をすることが第一優先だと思っていて、その短期と中長期の観点のバランスをどう浸透させていくのかは悩みどころですね。
――――育成も奥さんが行なわれているのでしょうか?
そうですね。
スキル面は一緒に働く中で自身でキャッチアップしてくれる部分が多いので、どちらかというと考え方、会社のビジョンの部分に共通認識を持てるようになる部分に時間をかけています。
売上げどれだけ稼いだみたいなことよりも、ユーザーの方一人ひとりのお役に立て、感謝を伝えてもらう時の幸福感の方がすごくあると思うので、僕自身もそうですし、一緒に働いてくれているメンバーにもそこを最優先事項でやってくれるといいなと思います。
今後の展望について
――――今後、更にどういう企業として成長させていきたいと考えていらっしゃいますか?
会社として、『世界中の人を主役に』というメッセージを掲げています。
サービスを通して自分の好きなことと社会的意義のあるような事業をどんどん作っていくような集団にしていきたいと思っています。
会社を大きくしていきたいという思いももちろんありますが、
売上げを単純に大きくしていくというよりも『会社を通して幸せになる人を増やしていきたい』と思っています。
働いてくれているメンバーもそうですし、
事業を通して幸せになってくれる人をひとりでも増やしていきたいです。
なので、会社としては日本国内だけでなく、将来的には海外にも展開し世界各地で自分の好きな事業を通して人々を幸せにするような会社作りを行っていきたいと思っています。
志ともにして頂ける方は、ぜひ一緒に挑戦していければ嬉しいです。
――――ありがとうございました。