『捨てるものを決める』元BCGが語るキャリア論(上)
京都大学を卒業後、投資銀行と戦略コンサルファームのBCGを経てリクルートマーケティングパートナーズへ入社された長洲さん。これまではいわゆる支援会社に在籍していた彼は、なぜ事業会社であるリクルートマーケティングパートナーズに転職されたのでしょうか。
上手く回っていないものを回す
――――自己紹介をお願いします。
キャリアで言うと、2014年に京都大学を卒業してビジネスの世界に入り、現在社会人6年目になります。
現職を含め、これまで3社に在籍しています。
就職に際して自身の価値観について考えた時に、「上手く回っていないものを回す」というキーワードに思い至りました。産業軸で言うと、教育や農業、地方に関する課題です。
ただ、私が就職活動をしていた2013年時点では先程挙げた領域で持続可能性の高いビジネスを行っている企業はほぼありませんでした。
個人的には善意や志だけで成り立っている事業や取り組みにはあまり良い印象を持っていません。理由としては、収益を上げて自走できるものでないと旗振り役がいなくなった時に必ず停滞するからです。
また、自ら起業するのは当時ピンときていなかったこともあり、そうした領域に飛び込むという決断は当時の私にはできませんでした。そのため発想を少し変え、ビジネスという領域において「上手く回っていないものを回すことはできないか」という風に考えました。
その観点で、新卒の就職活動の時は投資銀行とコンサルティングファームにフォーカスして検討していました。そのどちらも魅力的で、正直どちらでも良いとすら考えていたのですが、私は法律学部卒だったためビジネス観点での強みが薄いと自覚していたので、当時「ジェネラリスト」という印象の強かったコンサルよりは、ファイナンスという面で明確に強みを持てそうな投資銀行を選択しました。
しかし、投資銀行ビジネスと自身の価値観にズレを感じたため、もう一つの選択肢であったコンサルティングファームのBCGへ早期に転職し、3年在籍した後リクルートマーケティングパートナーズへ転職しました。
―――― 1社目に投資銀行を選ばれた理由をもう少し詳しくお聞きしてもよいでしょうか?
先程お伝えした通り、明確にファイナンスという強みを持ちたかったからです。
「私は○○ができます」という拠り所が欲しかった。また、私は「にっちもさっちもいっていないところをなんとかする」ということに興味があり、その点においてM&Aという一大ソリューションを提供することは私の興味にマッチしていると感じました。
外資系でなく日系の投資銀行を選んだ理由もその価値観によるものです。イメージで言うと、100を110にすることにはあまり興味がなくて、今現在ジリ貧・もしくは壁があって60に留まってしまっているところをサポートし80、90、そして100を目指していくことにより面白味を感じています。
そういった60のところにアプローチできる企業、という軸で考えた時には日系投資銀行の方が適切だと考えました。
特に私の在籍していたSMBC日興証券は親銀行と連携したソーシングができることに魅力を感じました。いわゆる外資系投資銀行は人員リソース等の観点から大規模案件を狙わざるを得ず、どうしてもクライアントはエクセレントカンパニーがメインになってしまいます。
日系投資銀行の中でSMBC日興証券を選んだ理由は先程申し上げた点と採用に関わっていた後の上司がとても魅力的だったことが大きいですが、正直申し上げると新卒を含めたジュニアの給料が外資に劣らない高水準だったということもありますね(笑)
――――希望されていた投資銀行のカバレッジに携わっていたのになぜ転職したのでしょうか?
これは入社1年目の新米だった私から見えていた景色の範囲で、という話として聞いていただきたいのですが、まずは特に若手の業務内容が単調で、意義も見出しにくいものだと感じたからです。
そもそも投資銀行のビジネスというのは基本的に提案するものが3つに限られています。
・「買いませんか」というM&Aの提案
・「売りませんか」というM&Aの提案
・「株・社債を発行しませんか」という資金調達の提案
細々ありますが、大きくはこの3つです。
例えば、一部のコングロマリットや多角事業を推進している企業の「選択と集中」といった事情がない限り、ある企業に対して「他社やその一部門を買いませんか」という提案と、「御社やその一部門を売りませんか」という両方の提案が有効であることは基本的にはありません。成長フェーズの企業は買うし、衰退フェーズの企業は売ります。
つまり、投資銀行から提案することやそのストーリーの大枠は最初から決まっている。さらに、投資銀行ビジネスは「成果報酬型」という特性を持っているため、成就しそうな提案でなければ金にならない。成長フェーズの企業に「あえてこの部門は切っておきましょう」とか、衰退フェーズの企業に「あえて一発逆転を狙って買いましょう」といった提案をするのはコスパが悪い。
そのため、ものすごく悪く言うと、カバレッジの提案は結論ありきの提案になりがちと言えます。実際、チームによっては提案資料に入れ込む外部環境情報については自分達のストーリーに合ったものを恣意的に選ぶということもありました。
また、当然競合他社もいるのですが、どの投資銀行も同じ会社に対して同じような提案を行うことになりがちです。もちろん同じ買収提案でも買収対象候補リストや買収スキームに細かい差は出てきますが、情報化が進んでいる今、各社の保有情報の差はなくなりつつあります。そうなると、提案に差をつけるひとつの大きな要素が情報”量”になり、その情報収集に若手の工数が割かれ、その結果若手は超長時間労働を求められるということになります。
――――他には何かありますか?
大きいところではもう一つ。
先程申し上げた成果報酬型というビジネスモデルに絡むのですが、本来M&Aでは売る側のアドバイザーとして関わった方が絶対に良いです。なぜかと言うと、どこが買おうと売却側のアドバイザーにはフィーが入るし、売却額×〇%という成果報酬体系においては売却価格を上げていくことはクライアント・アドバイザー双方のメリットになるからです。
一方、買う側のアドバイザーは自身のクライアントが買えなかったらフィーが入りません。つまり、投資銀行各社はまず業績が振るわないといった売却気配のある企業に対して売却提案をしに行きます。投資銀行側からの提案もありますし、先方から提案を求められる場合もあります。その後、売却側アドバイザーとして選ばれなかった投資銀行は、それまでのディスカッションで得た情報も踏まえ、買う側の候補となる企業に買収提案を持っていくわけです。「この会社が身売り先を探しているみたいなのですが興味ありませんか?」といった感じに。
これって、売る側の会社からすると、提案に来ている投資銀行のほとんどは情報を持ち出す可能性を拭えないわけです。そのため、よく謳われる「Trusted Advisor」という言葉通りに信頼されているとはとても言えません。
そういう点が、もともと私がやりたかった「今一歩ブレイクスルーできていないような会社のパートナーとしてサポートし、共に壁を乗り越えていく」というクライアントビジネスのイメージと乖離していると感じました。そういった理由で、投資銀行は1年4ヵ月という結構早いタイミングで辞めました。
――――なぜそのように早い決断が出来たのでしょうか?
この決断が早かった理由は、極端に言うと「辞めても少なくとも同じ業界に戻ってくることはできるだろう」と考えていたからですね。
隣の芝が青い状況、つまりコンサルの方が面白いのではないかと悶々としながら働き続けるのではなく、一度コンサルを経験してみて、最悪戻ってくれば良いと考えていました。
当然その分キャリア観点ではタイムロスになりますが、隣の芝が青々としているよりは精神衛生上良いはずです。良くも悪くも投資銀行ビジネスの特性上、人材の出入りが激しいことも「戻れないことはないだろう」と楽観できた理由の一つです。
――――投資銀行ではどのようなスキルが身に付きましたか?
正直申し上げると1年ちょいで大層なスキルが身につくわけもないのですが、敢えて言うとすると「数字で見る・考える」という視点を学びました。
そう聞くと「当たり前だろう」と思われると思いますが、そこをとにかく徹底して求められたというのは大きいですね。少し言い換えると、何事を考える時でも思考プロセスの最初に「これって客観的なファクトを示せるんだっけ」という発想が出てくるようになります。
「一般的にはこうだけど…」みたいなことにきちっと客観的なファクトを乗せることは非常に大切です。それがないと大きな意思決定はできません。この辺りの感覚はコンサルでも活きましたね。
具体的には、「普通に考えれば結論はAだけども、それだと数字が伴わない」というような状況において、クライアントに納得して意思決定してもらうために、「そもそもAではなく次善のA’を数字で補強する」方がクライアントにも自身にも良い、といったことに早期に思い至ることができます。
あとは、数字で見て数字で考える視点を徹底していると、ミスをかなり減らせるようになります。先ほどのVIEWの質問項目でも「ダブルチェックを怠りやすい」みたいな質問がありましたが、特に投資銀行では資料の数字ミスは絶対に許されません。チームの中でも、同じような凡ミスを2、3回した場合は一切信用されなくなります。もちろんそれひとつで若手の首が切られるといったことはそうそうありませんが、一度「こいつには任せられない」となったらもうそのチームでは挽回できません。
コンサルも投資銀行も同じですが、基本的にチーム内での役割が一番下の人間が情報収集を担当することが多いので、必然的に一番ファクトを持っています。そのため下のメンバーの仕事に不安があると、上のメンバーやマネージャーの確認工数が膨大になります。そのような状況では、「最初から任せない」という結論になります。
そういった点で、チェックを怠らないとか、当たり前のことを当たり前に行う、ということに関して非常に良い経験をさせてもらったと今では感じています。
あとは余談ですが、膨大なタスクや超長時間労働をこなすだけの体力と自分なりの働き方は身につきましたね(笑)
(後半では、BCGでの学びやキャリアへの考え方をお話しいただきます。)
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